高地トレーニング、はじめよう。 競泳元日本代表 松田丈志 × 杉田正明 日本体育大学教授

トップアスリートの間の常識「高地トレーニング」。一般トライアスリートにも効く、その取り入れ方とは? 2022年、佐渡国際トライアスロンAタイプで「初ロング」完走を果たしたメダリストスイマー松田丈志さんが取材して、湯の丸高原で実践!

本記事はトライアスロン・ルミナ2022年9月号掲載【松田丈志の自分超えプロジェクト「日本最長トライアスロン236.2kmへの挑戦」連動企画】を一部改変したものです。

写真=武智佑真 Photographs by Yuma Takechi
取材=光石達哉 Text by Tatsuya Mitsuishi
参考図書=『選手・指導者のための高地トレーニング 利用の手引き Ver.2』(2020年度ナショナルトレーニングセンター競技別強化拠点機能強化事業)

〈2〉はじめての高地トレーニングで注意したいコト

初めての高地トレーニング
注意すべきことは?

メリットばかりの高地トレーニングですが(⇒前回記事を読む)、逆にデメリットはあるんですか? 高地トレーニングをやったことない人にとっては、酸素が少ないところに行ったら危ないんじゃないか、プールで溺れたりしないかといった不安もあると思うんですが?

気をつけてもらいたいのは個人差が大きいこと。低酸素刺激に対して、ある人は楽でも、自分はキツいということはよくあります。また、最初は夜眠れなかったり、尿の回数が増えたりします。呼吸からも水分が出るので想像以上に脱水しやすく、水分補給が重要です。貧血のリスクもあるので、心配な方は、事前に血液検査して貧血がないことを確認してから高地に上がられたほうが本当はいいですね。

僕の実感でも、環境に慣れるまでの時間差や個人差が大きかった。あと夜中に4回トイレに行くのは当たり前。水もたくさん飲んでいました。

抗利尿ホルモンという利尿作用を抑えるホルモンが不安定になるので、尿が出やすくなるんです。

それは長く滞在しても変わらないんですか?

慣れてくるとだんだん大丈夫になりますが、これも個人差はあります。トレーニング上のデメリットでいうと、高強度のトレーニングができない。酸素が薄いと速く走ったりするのがキツくなるので、ゆっくり長めのトレーニングが適しています。高強度のトレーニングは、距離は短く本数は少なめにしましょう。欧米では今、高地で生活する「リビングハイ」、高強度のトレーニングは標高の低いところで行う「トレーニングロー」が効果が大きいやり方として主流なんです。

僕の現役時代は、どちらかと言うとリビングロー、トレーニングハイだったような気がするんですけど……変わってきているんですね。

マメに水分補給
起床時に心拍や体調を確認

あと高地トレーニング前は高強度の練習をしないこと。そして高地トレーニングをしっかりした後は、平地で調整する感じで過ごしましょう。

疲労した状態で高地に行かないようにするんですね。他に体調管理で気をつけることはありますか?

当然、水分補給は普段よりも多めに。朝起きると、尿の色がかなり濃くなっています。アップルジュースのような色をしていると、かなり脱水が進んでいます。起きたら水分をしっかり摂り、3度の食事のときもなるべく多めに水分を摂りましょう。あとは酸素飽和度を測るパルスオキシメーターをチームでひとつ持って行って、毎朝、数値を測るのが大事だと思います。

コロナ禍で知られるようになったものですね。僕らも現役のときに持って行って、起床時に測っていました。数値はどう見たらいいですか?

初心者だと湯の丸でも初日では95~96%ぐらいまで下がると思います。期間中それ以下になりますと、回復不足でかなり疲れています。松田さんは何回も高地に行かれていたので、行ってもすぐ98%ぐらいになるでしょう。

そこも個人差があるということですね。

同じように脈拍も測りましょう。パルスオキシメーターがなくても、今は心拍数を簡単に測れるデバイスがありますよね。一般的には平常時より10拍(/分)以上高いと、要注意というサインなんですが、低地と高地はもともと酸素量が違うので、高地では自然と高くなります。まずは高地に行ってすぐ測って、翌日、翌々日でどれくらい変化したか見ましょう。

仮に、普段心拍数50の人が高地に上がって60になりました、翌日さらに70になっていると、ちょっと気をつけたほうがいいですね。

朝起きたときの体調、食欲、脈拍、酸素飽和度はチェックしましょう。

標高は高ければ
高いほどいい?

僕が現役時代、海外で行っていた高地トレーニングは標高2100~2300mぐらいで、2300mまで行くとかなりキツかった印象があります。湯の丸は1750mと少し低いですが、効果はどうでしょう?

マラソンの高橋尚子さんらが高地トレーニングを行っていたボルダー(米コロラド州)は標高1600~1800mぐらいで、時々3000mの高地へ行っていましたね。1750mでも高地トレーニングとしての効果は十分に見込めます。低地の酸素濃度は約21%ですが、750mは17%弱ぐらい、2100mは16%前半ぐらいです。標高が高くなるほどコンディション管理が難しくなり、たとえば数日間は睡眠が浅くなります。2100mだと5~7日間続きますが、湯の丸は3日ぐらいで済むでしょう。

それこそ、湯の丸は短期間で行くにはちょうどいい場所なんですね。

競泳の日本代表も高地合宿拠点としているGMOアスリーツパーク湯の丸屋内プール(標高1750m)で泳ぐ松田さん。メニューによってはターン時に息苦しさを感じることもあるという
酸素飽和度を測るパルスオキシメーター。湯の丸高原に到着した翌朝、測ってみると、少し動いただけでかなり低い値が出た

〈3〉はじめての週末高地トレ
2泊3日の合宿プランとは?へ続く

松田さんの「自分超え」の行方は動画でチェック!

今回の杉田教授へのインタビュー、湯の丸合宿での実践の模様は、松田さんのYouTubeチャンネルでも紹介されています。

指導・監修

杉田正明

杉田正明Masaaki Sugita

日本体育大学体育学部教授。長年にわたりオリンピックや世界選手権、ワールドカップサッカーで戦う日本代表らへの強化支援、医・科学サポート活動を行ってきた。東京2020オリンピックでも日本代表選手団本部役員(情報・科学担当)を務め、トライアスロンやマラソン・競歩をはじめ各競技の日本代表への科学的支援にあたった。松田丈志さんも現役時代アドバイスを受けるなど、高地トレーニングにも精通している。

聞き手・実践

松田丈志

松田丈志Takeshi Matsuda

アテネ、北京、ロンドン、リオで4つのメダルを獲得した元競泳日本代表。2016年に引退後は、イベント等での水泳指導のほか、TVなどのメディアでコメンテーターや解説者としても活躍。2018年からトライアスロンにも参戦し、佐渡国際トライアスロン大会では2年連続でBタイプ(ミドル)を完走、コロナ禍を経て2022年タイプで「初ロング完走」を果たしている。